ああしても、こうならない

身近な人間に怒ると損すると言ってきました。怒ると、腫れ物に触るようにしてくれるから、味を占めて癖になってしまうんですね。すると、本人は得しているように思うのですが、周りは腫れ物に触るようにしているだけで、めんどくさい事にならないように、気を付けているだけです。気持ち良くさせる技術を持った人が近寄ってきて、のべつ騙されます。

相手の話が始まって「それ知っています」「それ前に聞きました」とは言ってはいけないと、教えている所が多いようです。相手を気持ちよくさせるテクニックと称してです。私は「それ知っています」「それ前聞きました」と言います。確かに、そういうと、その場は気分を悪くなる人もおりますが、中長期的にはこちらの方が仲良くなっている気がします。そして、「それ知っています」「それは前に聞きました」というと、喜ぶ人も多いのです。

知っていたら話が早いわけです。前に聞いたことを覚えているというのもものすごく嬉しいわけです。次の話が出来ます。またその場気分が悪くした人に「知らなかったことにして、初めて聞いたことにして、聞いてほしかったの?」というと、「そうです」と言って、笑いだします。前の職場で「それ知っています」「それ前に聞きました」と言ってはいけないと習ったと言いました。私は「それは、心理学なんかで取り上げられているのかもしれないが、おそらく時間軸が入っていないのでしょう。その場の関係だけならいいでしょうが、中長期的に付き合うのならばやらない方がいいのかも知れませんよ」というと、怒っていた方がなんで怒っていたのかわからなくなってしまったそうです。「さっきのネタで怒ってみてよ」と言っても、それは不可能だそうです。怒るモチベーションを失ったのです。色々バレていると、怒ろうと思っても怒れなくなって笑い出します。

テクニックとか、ああすればこうなる、は人間関係とか、肌とか、自然にはあんまり良くない所があるのではないかと思っています。上手よりはちゃんと思ってくれている方がいいわけです。昔、嫌われても信用される方法はあると教えられた時があります。人気があると人望があるとも違うそうです。嫌われて、人気が無くても良くて、信用されていて人望があればいいみたいです。言いたい事を言ってくれなくても、あの人のいう事は信用できるという人はいます。「それ知っています」と言って、喜んでくれる人もいます。

日本電産の永守さんは、人を育てるハウツー本を読んで、「こんなの嘘ばっかやな」と言ったそうです。どれにも「褒めて育てろ」と書いてあったそうですが、叱って叱って叱りまくったそうです。しかし、そのあとのフォローに時間をかけたそうです。永守さんは、叱った後のフォローがめんどくさいから、みんな叱らないのだと言っていました。叱っている方も楽しくない、叱られた方も気分悪い。そして、そのあとにどうして叱ったのかなどフォローするのに時間がかかるわけです。ああすればこうなるでうまくいけば、楽ですが、そうはいきません。心を使っているというのがすごいのです。

河合隼雄さんの話で、親子関係でも、こうしたらうまく行くというのは無いと言っていました。うまく行ったエピソードを真似してやっていてもちっともうまく行かないと言います。子どもは無意識で親に「心を使え!」と言っているそうです。親子関係は、楽に済むはずが無いそうです。親の覚悟であるとか、本気を感じないと子どもは納得しないようです。河合さんは、モノが豊かになる程、それは難しくなるともおっしゃっていました。ダメだとは言っていません、難しくなると言っているのです。豊かなほど色々な大事な事を知っている事が大事だと言っています。

テクニックばかり使う人も、それに引っかかり続ける人も、問題かもしれません。家族の場合は、テクニックの使い手にも、引っかかる人にも、なって欲しくないと思います。