独学の難しさー

電荷密度の定義は、在る位置の体積に存在する電荷を、その体積で割って、体積を0に飛ばしたものがそうで、これが意味不明でフリーズした。そういうものがいっぱいあるわけです。物理学者さんに「あのー、0に飛ばしているんですけどー」と聞くと。「ああ、それは本当に0には飛ばさなくて、飛び飛びになる手前の安定してきたところまで小さくするって言う意味です」と言われて、やっと納得した。

キツいのは、数学の厳密さを要求されるところと、されないところがファジーで、また数学の本でも、数学的な厳密さをある程度欠いて、先に進むというものもあるという。

「あのー、ベクトルかスカラーの書き分けって、jとかlとかキツいんですけどー」というと
「ああ、慣れてきたらもう、ベクトルも普通の文字で書くんですよ」と。
なるほどー。

という感じで、ちょっとした、お行儀はどこにも書いていないので、そこがキツい。

分子間力の斥力って、体積? って聞くと 距離に12乗に逆比例の力で、量子力学の範疇
スピンって、最初は自転で考えていたけど、論理的矛盾により実際は自転では無いけれども、群とか環とかそういう数学的構造があるという理解で止まっているの?と聞いても、まあ一言では終わらないらしい。
電磁波は、波と粒子の二重性と表現するけど、そうでは無く量子場だという。

とにかく知りたい事は沢山ある。1人で行けるトレーニングを手伝ってくれる存在はありがたい。

電荷があるだけで、空間には潜在的に仕事をするエネルギーをもっていると言う式が出てきたとき、空間がエネルギーを持つという言葉に違和感を覚えた。「これって真空のエネルギー?」って聞くと、「そう!」と言われて、興奮した。実際は一般相対論まで理解すれば、解釈が繋がるらしい。こういう事も、運が良いかも知れない。先人達の知恵をあっさりと、辿っていけるのだから。

ランダウは、何かの職人か自営業者から手紙をもらって、こんな私でも物理をやっても良いのだろうかという内容に、物理はどんな人にも垣根が無いと言うような、歓迎鼓舞の返事を丁寧にしたらしい。一流の人らしい対応。
勉強の嫌いな人は勉強をしろと言わない方が良い。言われた方は勉強が嫌いになる。好きな人はしろとは言わないが、その近くの人はしたくなる。「あんた勉強嫌いなんだから、子どもに勉強しろって言っちゃダメだよ。それを言うんだったら、自分が勉強すればいい。」と言うと、子どもは大喜び。言われて育った大人も大喜び。

独学の難しさは、歓迎してくれる人がいたら どんどん行けるのですが、潰されることも良くあります。色んな人と話をしてて、子どもの頃にそれをされてしまっている人が多いんだなと感じています。キュリー夫妻は科学者としてもそれぞれ超一流で、教育者としても超一流だったらしい。養老孟司さんの先生は教授を量産したらしい。どうやったらそんな優秀な学生を育てられるのかと問われて一言「学生の邪魔をしないことだ」と言ったそうです。このエピソードを、話すと、納得したり、自分もそうされていたと思い出す人がいます。邪魔された側も、そんな気にする事はありません。自分がそうならなければ、きっと良い事があります。だからこそ分かることもいっぱいある。なりたいものになれなかったからそれを超えた喜びがある。子どもの頃、物理学者になりたかったのですが、それを目指していたときより、楽しいです。高校卒業した頃より、色んな事を忘れてしまっているし、初老近く職業として学府への道とか可能性全然無いですし、底辺すれすれだけど楽しいわけです。多田富雄の言った、巨人みたいなのが全員にあるのでしょう。